映像技術会社社長の映画鑑賞レポート・映像技術会社ジーピーエー

2021.02.09|

作品名:羊飼いと風船

監督:ペマ・ツェテン

映画の見方は人それぞれ千差万別、自由勝手に好きなように観れば良いと思う。
ペマ・ツェテン監督はチベット族出身でもう何本も良い映画を作っている。今回の作品も見終わってからジワジワ後追い断片的にシーンを思い出し感動している自分に気がつく。
映画はなるべく前情報なし先入観なしで見たいとは思うのだが、最近はネットでポスターやら予告映像やら見る前からストーリーの半分ぐらいは予想出来てしまう。だから、今回は敢えてストーリーを追わないように映像だけに集中して観てみた。すると監督が緻密に意図したカットは(動画なのに)絵本を読んだような気持ちにさせてくれた。これは昔観たウォン・カーワイ監督の「恋する惑星」を初めて観た時にも似て、つまり個人的にとても好きな映像美だった。カメラマンのリュー・ソンイエの名を覚えた。
横浜駅そばの相鉄ムービルという相当年季の入った映画館で、客席数506で入っていたお客は全部で7人。巨大なスクリーンの中心に冗談かと思うほど小さな映写画面で、自宅の60インチディスプレイで見たほうがおそらく細部まで見えたと思う。音も悪いし。それでも、一家の祖父が早々と死んで火葬場に向かう幻想的なシーンは美しい。作品を通じてブルーの色違いで情感を演出しているように見えた。ラピスラズリ、インディゴブルー、コバルトブルー、そして祖父が天に昇るシーンはプルシャンブルーが揺れ動く。もうひとつ、嫁さんの首にまかれたスカーフは目に染みるようなアクアマリン。スカーフから髪にティルトアップすると青空の中にほつれ毛が風にゆれるシーンが美しかった。しかし一番印象に残ったのは嫁と妹が立ち話をする後ろに家の窓枠が移るのだが、ガラスの窓には庭と草原と妹(確か)の夕景シルエットが一枚のタブローのように映し出される。その色は黒とプルシャンブルーだ。
幸か不幸か、私は片目しか見えない。そのため目に映る色の違いにとても敏感だ。失明すれば色は記憶の中にしか残らない。誰かがプルシャンブルーと言えば、私はきっとこの映画のシーンを思い出すだろう。2021/2/7 J Ando